PLCの漏洩電磁波の許容値の問題点
情報通信審議会の「高速電力線搬送通信設備に係る許容値及び測定法」について答申を受けて
無線設備規則の一部を改正する省令案が電波監理審議会へ諮問され、その省令改正案についての
意見募集がされています。
(http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060712_7.html)
この省令改正案では、PLC(高速電力線搬送通信)による漏洩電磁波の許容値を定めていますが
この許容値には問題が多く含まれています。
その問題点をまとめてみました。
意見募集の文章にするには多々直さないといけないのですが、応募しようとしている人の参考になれば幸いです。
#図が等幅フォントで見ないとずれてしまいます。(ごめんなさい)
許容値の問題点
1. 電波ノイズ規制値を安易に流用している。
通常ので機器が発する電波ノイズは、(内部で使用しているクロック周波数などの)特定の周波数にピークがあり、
それ以外の周波数は、それよりかなり低いノイズレベルになっていることが期待できる。
それに対して、PLCの拡散スペクトラム方式を始めとする高速通信のための技術は、多数の周波数を利用しており、
使用する全ての周波数の電波ノイズが高いことが予想できる。
通常の機器の発する電波ノイズ量とPLCの発する電波ノイズ量の規制値の持つ意味は大きく異なっていて、
同じ規制値を採用すると、PLCは通常の機器の何十倍もの電波ノイズを発することになる。
通常機器の場合、必要に応じて、電源線へ電波ノイズが流れるのを防ぐフィルタを入れることで、機器の本来の性能を
維持したまま、電波ノイズを低減することができるが、PLCで電源線へ電波ノイズが流れるのを防ぐと言うことは
機器本来の性能が維持できないことなるなど、同じ考え方を採用するのは無理がある。
通常機器
ノイズ強度 ^
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| * *
| * *
| * *
|**** **** *****
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+-------------->
周波数
PLC
ノイズ強度 ^
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| * * * * * * *
| * * * * * * *
| * * * * * * *
|* * * * * * * *
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+-------------->
周波数
PLC(より多数の搬送波を利用する場合)
ノイズ強度 ^
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|***************
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+-------------->
周波数
2. 隔離距離について
PLCの発する電波ノイズの放射源は、屋内に張り巡らされた電灯線であり、PLCモデム等の機器だけではない。
電灯線は、建物の外壁内にも当然に設置されているため、PLCによる電波ノイズの放射位置は、建物の外壁位置で
考えるべきである。
集合住宅において、各世帯の境界位置の壁に電灯線が通ることは、当然考慮されるべきで、この場合の隔離距離は0となる。
通常の住宅地においても、建物外壁と敷地境界の間隔は、(庭方向を除いて)50cm~1m程度である。
#敷地境界から50cm以内に建物を建てることは推奨されていない。
電灯線が外壁内を通っていることから考えると、隣家の敷地に対する隔離距離は、50cm~1mしかないことを顧慮した
値で考えるべきであり、隣家との距離が10mある。電波ノイズ発生源と受信機が敷地中央にあるというような現実に即しない
仮定に基づいた報告は採用するべきではないことは明らかである。
建物の外壁からの敷地境界まで距離(最悪値0.5m)で考えるべきである。
建物間の距離で考えても、1m~2m程度しか離れていない。
+----------+----------+
| <-> |
| +------+ | +------+ |
| | | | | | |
| | | | | | |
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| +------+ | +------+ |
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+----------+----------+
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| +------+ | +------+ |
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| +------+ | +------+ |
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+----------+----------+
電灯線は、屋内だけでなく、自家水の揚水ポンプの電源やイルミネーション(最近は、家庭でのクリスマス・イルミネーション
なども使用されている)、門柱や庭や駐車スペースの照明、電動門扉の開閉など、屋外にも接続されている。
PLCは屋内使用に限定するとあるが、PLC機器の設定場所を屋内に限定したとすると、電波ノイズの発生個所は
電灯線そのものであるから、PLCを屋内に利用限定しても電波ノイズの放射を抑える効果が無くなってしまう。
または、屋内利用限定を屋外に接続された電灯線にPLCを接続しないこととしたとすると、PLC利用者が電灯線が
屋外にも接続されているか意識することは通常あまりないことから、その規定は守られることの無い死文規定となることが
予想される。
3. 建物の遮蔽効果
建物の遮蔽効果については、集合住宅における世帯間を隔てる壁は、外壁と異なる構造を持っている
はずであり、遮蔽効果を期待するべきではない。
また、屋外アンテナを設置しないタイプの放送の受信では、建物の遮蔽効果は放送電波に対しても
働くため、建物の遮蔽効果は、放送波と妨害波のSN比を改善する効果はない。
4. 電波の利用目的から照らして、既存の電波利用を保護できない規制値である
電波は、周波数帯によって、目的別の割り当てを行っている。
目的によっては、電波天文学のように、自然雑音そのものを観測することで自然現象を解明しようと
するものから、放送のように、ある一定の電波受信強度を想定しているものまで、存在するが、利用周波数帯を
分けることでお互いに悪影響を与えず、共存することができている。
しかしながら、現在利用されている電波利用の形態に付いては全く議論されないまま、規制値が答申されて
しまっている。また、実際の既存の通信利用状況に即した妨害による影響を確認する必要があるが、
そのような影響の確認も行われていない。
本来であれば、一律に規制値を設定するのではなく、周波数帯毎に利用目的とその運用形態によって
異なる障害許容度を考慮して、障害を与えない規制値を決定し、障害に対する耐性の低い周波数帯の
電波利用に対しては充分な保護を行うべきである。
また、国民の生命に与える影響の大きい医療機器等に対する影響の検討も、パブリックコメントで指摘されていながら
研究会、委員会では検討対象外として規制値について全く考慮されていない。
PLCが既存の電波利用に対して妨害を発生した場合、その発生源を特定することが困難である。
PLCによって既存の電波利用に対する妨害を発生した場合に、その妨害源を特定し排除するための規定を整備する必要がある。
5. LCL値とコモンモード電流による規制値設定の問題
LCL値を規定し、そのPLC装置端のコモンモード電流をもって、PLCの規制とすることは、問題がある。
(1) コモンモード電流は、電灯線上で一定の値ではなく、位置によって変化する関数値である。
したがって、PLC装置端でコモンモード電流を計測したとしても、電灯線内で電波放射の原因となるコモンモード電流を
全て把握したことにならない。電灯線の形状によって、PLC装置端ではノーマルモード電流として計測される電流が
別の場所ではコモンモード電流に変換される可能性が高い。
(2) LCL値は、PLC装置端での高周波特性をあらわす指標に過ぎず、電波放射の原因となるコモンモード電流の大きさを
推測する値としては、単一の分岐の無い伝送路でしか意味をなさない。
分岐や複雑な形状の線路では、PLC端でのLCL値が良くても、PLC端からの高周波エネルギーが効率良く伝送線路へ
伝わっていることを示すだけで、途中でコモンモード電流に変換されるかどうかを示すものではない。
例えば、送信機に伝送線路を繋ぎ、整合した空中線を伝送線路に繋いだ場合、LCL値は最良となり、
送信機端(と伝送線路)でのコモンモード電流は0であるが、送信機端のノーマルモード電流のほとんどが空中線では
コモンモード電流に変換され、電波となって放射される。
これは、極端な例ではあるが、LCL値とPLC装置端のコモンモード電流値では、PLC装置と電灯線から放射される
電界強度(電波ノイズの強さ)を規定できないことを示している。
▽ ^
| | コモンモード電流→電磁波放射
+-+ | |
○ +================+ V
+-+
送信機 伝送線路 空中線
<----------------->
コモンモード電流0
ノーマルモード電流のみ
したがって、法規で許容値を決める場合に、コモンモード電流で規制することは適当ではなく、あくまで放射電界強度で
規制するべきである。
どうしても、PLC装置端での測定で規制するのであれば、コモンモード電流だけでなく、電灯線上でコモンモード電流に
変換される可能性のあるノーマルモード電流値も規制対象にすることが必要である。
6. 雑音強度について
研究会の報告書では、バックグラウンドの雑音強度について、田園地域と住宅地域、商業地域に分けて許容値を
考えているが、ここでいうバックグラウンドの雑音強度は、自然界の雑音強度を人工雑音強度を加算したものである。
人工雑音が大きいと許容値が緩いと言うのは、電波ノイズの低減に努力すればするほど規制値が厳しくなり、
電波ノイズの低減に努力しないほど許容値が緩くなり、電波ノイズの低減の必要がなくなるという公共の福祉に反する
考え方を許すものであり、その考え方は将来の電波環境の悪化を招くものである。
雑音強度のリファレンスとしては、基本的に自然界の雑音強度とし、この自然界の雑音強度を目標に、電波ノイズの
レベルを低減していく不断の努力を行っていくものでなければならない。したがって、PLCの電波ノイズの許容値は
(上記の理由からその考え方を取ることは反対ではあるが)、仮にたとえ研究会の考え方をしたとしても、
基準となる雑音強度は少なくとも田園地域の雑音強度を採用し、許容値を算出するべきである。
7. PLC機器の表示の問題
研究会答申の規制値は、PLCを利用する各家庭内におけるPLC以外の電波利用(短波ラジオ受信やアマチュア無線の利用など)は、PLCとそれ以外の利用を利用者が排他的に選択することとし、一切考慮されていない。
そうであるならば、PLC機器の販売にあたっては、その旨、販売時に購入者に対して充分な周知徹底が必要であり、そのことを明記するような規定を設けるべきである。
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コメント
WAさま
「PLCについて」のかぜです。素晴らしいまとめです。特にノイズが連続的に出るため、妨害も連続的に出る点は私も初めて気が付きました。恐ろしいことです。
で、よろしければ、私のBLOGにリンクを書いておきたいのですが、よろしいでしょうか?いかんせん、私の方は余り真っ当な物ではないので、お断りいただいても全く構いません。ご検討下さい。
投稿: かぜ | 2006/07/20 02:18
おはようございます。 当方のBLOGの記述の中に URL を紹介させていただきました。事後報告で申し訳ございませんがよろしくお願いいたします。
投稿: ませ1りすか | 2006/07/20 07:51
かぜさん、どうぞお役に立つようでしたらリンクをどうぞ。
私も素人ながら、研究会の議事録などを読んで腑に落ちないところをまとめたものです。専門家ではないので、電界強度とか具体的な数字になるとさっぱりわからないのですが、考え方とか定性的な部分での疑問はいくらか指摘することができます。
おそらく私が書いた中には間違いもあるでしょうけれど、間違いなら間違いであると指摘してもらえるとありがたいです。
ませ1りすかさん、こんにちは。
こちらこそ、リンクありがとうございました。
一緒に紹介されている「俺様広場」は以前、移転前に見たことがあるのですが、定量的な検討がされていてすごくためになるブログでした。(プロバイダの都合での移転時に一旦消えてしまったために、定量的な話が見えなくなってしまったのが残念です。)
いつまでも手元に置いておいてもしょうがないので、えいやっとエントリに上げたのですが、いざ読み返すと図が崩れていたり、誤字やら改行位置がおかしかったり酷いものです。ひまがあったらもう少し手を加えたいのですが「だらだら」なのでどうなることやら ^^;
投稿: WA | 2006/07/21 23:53
移転のごたごたでは迷惑かけました。自分としては備忘録のつもりでしか書いていないので
バックアップを取っていませんでした。前に書いたものは、実際に提出した意見書の写し以外
何も残ってません。
帯域内の漏洩電波をコモンモード電流で規定するからくりは他の人が指摘するでしょうから
特に書いてません。それよりも帯域外であるはずのV/UHFの漏洩電界強度があまりに大きすぎる。
これが30MHz以上も事実上使えますよという意味ならば「高速化」の裏が分かる。あまりにひどい話です。
投稿: FC10 | 2006/07/25 21:24
5について、全く同じことを考えていました。スイッチ分岐が複数あれば、WAさんがご指摘の通りのことが起こります。研究会の結論は明らかに間違っており、WAさんの考察の方が正しいです。遅くなりましたが、ブログ更新しました。
投稿: Tao | 2006/07/29 14:34